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長坂さま講評|デザインレビュー2024

 ここ数年、どこかしらからこのような卒業設計展に呼んでいただいており、年に一回若い人たちが建築を通してどのように社会や都市を見ているのかを感じ、考える機会をいただいています。これはミラノサローネなどに足を運んで世界の若者がデザインを通して何を考え伝えようとしているのかを感じるのと同様、僕には非常に貴重な機会です。まずはそんな機会に立ち合わせていただいたことを、ありがたく思います。おそらく、NO課題NOクライアントで自分自身と向き合って考え課題を自らつくり、それを建築にする機会はこの卒業設計や修士設計くらい。もしかしたら、幸福にもキャリアを積んでそのはるか先にクライアントの共感をえて再び考えさせてもらうこともあるかもしれないそんなきっかけを得る大事な機会です。 そんな機会に 生まれてこの方20数年離れることなく姉を中心に育まれた家族関係。そこに自分としてのアイデンティティと未来の家族を見出し、それに止まらず新しい建築感を見出した竹原佑輔君の 「共編の詩 -建築の対話手法による非言語的空間の再編-」    何がきっかけだったのか?もしかしたら、朝見たニュースだったのか、水の輸入とモンゴルの砂漠化の関係を知り、その一端の責任を感じ、それを建築を通して解決できないかと考え取り組む谷卓思 君の 「天泣で紡ぐ-遊牧民による砂漠緑化の提案- 広島大学工学部第四類建築プログラム」   もしかしたらそれまで馴染めなかった東京などの都市が、あるきっかけで身近な、自分を囲うモノたちと等価に見え親しみやすく感じた経験から、その頭にできあがった関係図をさらに踏み込んで実際のものにすべく取り組み、新しい建築のあり方を提案する妹尾美希さんの、「モノの住所『我思う、そのたび世界在り。』」   その他、書き連ねたらきりがないほどの価値ある「知」が詰まった展示でした。  この建築をやり続けるに十分たり得る問題意識と希望、そしてそれを伝える表現力を得られた彼らは、それを大事にし、さらに育むことでそれがさらに実際に社会の中で取り組む機会を得る可能性を手にしたのだ。おめでとうございます。  ただ、この手の卒業設計展の傾向が空間表現やプランニングなどに評価に繋がりにくいことからか、その要素を感じる作品が少なく感じるのもこの卒業設計展の弊害かなと思っており、その後を受け入れる我々としてはそこの技術もぜひ大学教育の中で行ってほしいなと思うのでした。

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